ニギハヤヒ大王のことについて書こう 

大歳は、筑紫を拠点とし、
猿田彦と名前で九州全土に歩いた。
また、奈良に、ニギハヤヒ大王という
名前で王として君臨する。
アリオンは、
ナガスネヒコの妹を
差し出したてニギハヤヒ大王と
親好を深めようとしたとあるが、
しかし、
結婚したとは一言も言ってない。

"私の見たところ、
ニギハヤヒ大王は、妻と娘を福岡に残して、
奈良に、行ったと思われる。"

ニギハヤヒ大王の妻は、
、伊都国の卑弥呼である。

私は、ニギハヤヒ大王の近い関係で少年期を
過ごしたが、
ニギハヤヒ大王の家系図がおかしい。

卑弥呼は何故、消されて、
また、ニギハヤヒ大王も消されたのか?

福岡に居たときのニギハヤヒ大王。

ニギハヤヒ大王の柱の影に居た小川氏
しかわからない出来ごとである。

壱与が13才になったと記述があるが、
私のニギハヤヒ大王の娘の
イメージと重なる。

ニギハヤヒ大王の娘は、
シャーマンの力があり、
特別な存在である。

大方、彼女の力を当てにして
乱戦を平定した。
祟神天皇は、一説には女性と言われている。

この福岡の小川さんしかわからないことだな☆

スポンサーサイト

菅原氏の系統 

菅原氏の前は、土師氏になる。
土師氏は、アメノホヒの子孫になります。
アメノホヒのwikiによると、
フツヌシとともにあるから
スサノオの仲間と言うことだ。

果物、野菜 

果物、野菜についてだが、
本来甘くないのを、
改良して甘くしていると言う記事を見つけた。

糖度を強めるように、
検査して基準値を高いのを
出荷されている。

苦い、酸味のある食べ物を
嫌う傾向が若者に多くなっている。

ピーマン、葱等。
糖度の高い偏食で育った人間は、
イライラしやすくなる。

奈良と神武 

奈良の神武東征で、出来たのが
大和朝廷であり、葛城王朝とする。
*神武東征のモデルを熊本の初代天皇とする。
葛城氏が応神天皇の祖先で、
婚姻関係にあったのが蘇我氏である。

蘇我氏と対立していたのが、
物部氏である。

九州での因縁が
アマテラスの義弟の呪いによって、
蘇我氏と物部氏の対立になったのか?

過保護、過干渉 

過保護、過干渉すぎる日本人の親は。
親が勝ってに決め、
失敗することを極端に恐れている。
だが、親が気づくことはないだろう。
そして、本人が努力が足りないとか
気合いが足りないとか主張するしか、
低能しかいないのが現状なのだ。
自己受容ができないようになってしまう。
アーリオーンが自立しなさいとは、
あるがまま受け入れることだが、
現状の日本の土台では無理があるだろう。
日本では与えられたことしか出来ない
ロボット社会になっていくだろう。
苛烈な競争社会が、
意思のない人間を作りだしている
ことをわからないだろう。