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奴隷は奴隷だと自覚

奴隷は奴隷だと自覚しないまま、
支配者に家畜のように扱われる。

恐怖、不安を武器にして。
逃げられないように…。

人は他人に同調したがる生き物だ。
多数派というだけであたかもそれが
正しいと認識してしまう。

人間は常に孤独に怯えていると
言っても過言ではない。
結婚、恋愛、
孤独を目をそらすために行っている
と言ってもいい。
人は孤独を感じたくないから、
いつまでも追い求める。

人は進化するべきだ。
他人の痛みに同調すること。

理解とは痛みだ。

そう、理解されないていうことは、
白い眼で見られる。

明日、死のうが、
己に嘘ぶいた心は、
後悔する。

生きるとは、自分自身の戦いなのだ。

生きろ、
生きろ、
生きろ。

負け犬なら、負け犬らしく、
相手を噛みついても、
生きろ。


私は、生きてやる…。
負け犬だとしても。



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動物というのは、縄張りを主張して
吠えあい、噛み付きあうだろう。
しかし、群れを君臨するボスがでてくると、
規律が生まれてくる。
人間も、同じことが言える、
我の主張しあう烏合の衆は、
支配者という備えたものが現れてくると、
統率するようになる。
それが、良しにしろ、悪にしろ。
前、支配者が必要ですかと聞かれたことがある。
日本人という人種は、
自我が肥大化し、
縄張り争いにしているだけしかならない。
支配は、リーダーシップ、統治者という言葉で、
定義されたりもする

 

僕とは誰だろう。
僕の影は、偽り、
虚栄に満ちている。
ただ、僕はどこに存在しているのだろう。

他人の鏡から写る、
僕自身の自我は見栄を張り、
鏡の中の僕は、ただ、
影絵の世界で過ごしている

 

社会というシステムに、
反逆する心は、
人に認められたいという心から
生まれているものだけど、
認められてないと思っているのは多くが、
自分自身が認めてないだけである。
そして、それらの多くが虚勢に表れる。
虚勢は容姿に表れる。
警戒色に染められた髪はその最たるもの。
それを否定すれば、固を失ってしまう。
言われたとおりにしていれば怒られない。
そんな観念に縛られているものが大半である。
概念上、観念を逸脱することで、
己が心を満たすことでしか得られない、
不器用な生きざまと言えよう

 

人は死を恐れ、愛するべき人間を守るため、争い、殺しあう。
死への恐れこそが、あらゆる争いへの源だ。
普遍的な凡人は、死を悲しみ、
殺されたらから憎しむ。
怨みに心が曇り、怒りで目が眩み、絶望を糧としている。

愛する妻が死んだ。
愛する子が死んだ。
それは、事故かもしれないし、
殺しかもしれない。

亡くなったから冥福を祈って
何になる。
それは、死への悲しみを
同調しているだけ。

復讐して、己の
自己を満足している。

死を通して、人は

事故、病気、戦争、
災難に逢う時節には災難に逢うがよく
死ぬる時節には死ぬがよい