素晴らしい人というのは、水のようだ。 

老子は次のことを言っている。

上善は水の如し。
水は善く万物を利して争わず。

素晴らしい人というのは、水のようだ。
水は全てのものを生かす。
そして、争うことがない。


心の清らかな人は争う心がないために闘争をさけます。
無闇に争いが生じるのは、
自分自身に徳の力がないからである。


ひふみ神示 補巻 月光の巻第十二帖
逃げ道つくってから追わねばならん。
そなたは相手の逃げ道をふさいで
ギュウギュウ追ひつめるから逆うらみされるのぢゃ。


兵法で四方八方で相手に逃げ道を無くすと、
背水の陣で攻撃してくるから、
逃げ道を一つ作って追い込めというのがあります。
ほかみにも窮鼠猫を噛むということわざがありますが、
たとえば、相手が悪い事をして、それを言葉で責めたてて、、
言い訳するなとか責め立てるから逆恨みされることにつながります。
まあ、私から言ったら、むやみに腹をたてたり、
相手を言葉で責める人は”徳の力”がない証拠である。


火水伝文
<陽の構え>の水のハタラキは形を顕しなさるがその御ハタラキにござるから、
火水伝文
<陽の構え>は心に従い<陰の構え>は心を律するのじゃ。
火水伝文
形顕す水添えて、和して真釣ろう響きにて、


火水伝文でも水のハタラキとは行のことを表していますが、
心の清らかな人は争うことがないために水のように”行う”
という意味と思われます。


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汝、無知なることを知れ 

老子は次のことを言っている。

自分が知らないと自覚している者は最高だ。
知らないのに知っているふりをしている者は,心が病(や)んでいるのだ。
そして,心が病んでいることを病んでいると自覚する者の心は健全だ。
聖人の心は病んでいない。
というのは,聖人は心が病(や)んでいることを
病んでいると自覚しているからこそ,
聖人の心は健全と言えるのである。


ソクラテスの弟子のひとりが、デルフォイの巫女からこんなお告げを受けました。

「ソクラテス以上の賢者はいない」

それを聞いたソクラテスは、
自分は決して賢くないと思っていたが故に大層驚いたそうです。
そして、「何故、そのような神託が降りたのか」と自問自答を繰り返し、結果、
自分は周囲の賢者達に比べて
「(自分が)無知であることを知っている」
という意味において賢い──という結論に達したのです。

大多数の人間が知的な内容を語るものが、賢い存在だと思っている。

しかし、本来人間は
「深遠な真理や智慧にまだ到達していないのだ」
ということを。

ひふみ神示 補巻 月光の巻・第五十四帖
頭を下げて見なされ、流れて来るぞ。
頭も下げず低くならんでいては流れては来ないぞ。
神のめぐみは淡々とした水のようなものぞ。
そなたは頭が高いぞ。天狗ぞ。
その鼻まげて自分のにおいを嗅いでみるがよい


イエスは次のように説いている。
「自分は、いと小さき者と知りなさい」


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老子の統治の業(わざ) 

老子の統治の業(わざ)

「正道」によって王国を統治する。
戦場では意表をつく奇策をもって戦う。
無為であることで世界を制覇する。
なぜそのことを知るのか。

それは,
次のことでわかるのだ,
すなわち

禁止制約事項が多いほど,
民の生活は貧しくなる。

武器が鋭利になるほど, 
国内の混乱は大きくなる。

技術が進むほど,
狡知にたけた事件が頻発する。

法令の数が多くなるほど,  
盗賊山賊の徒輩がはびこってくる。

だから聖人は言う,
私が無為なままにあれば,民は自ら進んで自己改革を成し遂げ,
私が静謐(せいひつ)なままにあれば,民は自ら進んで襟を正し(正しいことを行い),
私が業務をしないままにあれば,民は進んで自ら富んでいく。

私が無欲のままにあれば,民はおのずから素朴で正直になっていく。


ひふみ神示五十黙示録 第01巻 扶桑の巻第二帖
戒律をつくってはならん、
戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、
戒律は下の下の世界、今の人民には必要なれど、
いつまでも、そんな首輪はいらんぞ、
戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。


今の自由主義経済はイシヤの仕組(悪の仕組み)です。
一部の人間が楽をし得をするように作った仕組みである。
法律が多ければ、多いほど、詐欺事件が多発します。


ひふみ神示 補巻 月光の巻 第七帖
多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。
投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。
世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、
その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。


現在の投票で代表を出す人間は思考で物事を考たり、
たんなる人気とりの人物が選ばれます。


真理には民主主義というものは存在しません。
まだ考えの一致しない者同士が真理に向かうことに、
すべての闘争の原因が存在するのです。 
(薔薇十字会の神智学・第十三章)


やがて、天皇陛下を中心とした君主制度が復活し、
古代、大和朝廷の政治の復活が予測されます。


出口王仁三郎氏は次のことを言っている。
みろくの世になると天皇が次には総理大臣に生まれられる。
また次には総理大臣が天皇に生まれて来て政治をするのであるから、
天皇は総理大臣のことが判るし、
また総理大臣は天皇の御気持ちが判るのでよい政治が出来るようになる。
(新月の光・上・みろくの政治)

太政大臣と左右大臣は位に相応するものがない時は、
空位にして左大臣か右大臣かで執行する。
民間にも良い者あれば臣に登り、臣から大臣に引き上げるのだ。
お祝いの時は階級に応じて礼服を着て、
普段着は粗末な服を着るのや。
(新月の光・下巻・みろくの世の階級)


天皇陛下についてだが・・・
火水伝文では次のことを言っている。


火水伝文
このヒノモトは万世一系じゃ等と申して、
安心致し居るマコトの解からぬ者は、
よくよく気を付けなされよ。そは人皇の世の事にてあろうが。


現天皇陛下は神武天皇(カムイヤマトイワレヒコ)の血統ではありますが、
その前の天皇陛下はニギハヤヒ(さるたひこ)であり、
同じ血筋ではありません。


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