伊都能売の身魂2 

大本教は、キリスト教の二度目の同じパターンの宗教である。

新約聖書→霊界物語
パウロ→出口
天なる父(キリスト)→丑寅の金神

スサノオ(ひつじざる=世界主)を救世神として、
霊界物語で書かれているだが、
やがて、伊都能売の身魂に乗り移るだろう。

伊都能売の身魂はナザレのイエスと同じように活動し、
人々は、キリスト衝動を感じるであろう。

キリスト衝動の活動とは、
ブッタやバグワンのよう世界教師としての意味での活動ではない。
天なる父(キリスト)を感覚的に感じるのだ。

彼は、人ではない、別の存在の霊的衝動を・・・・・・・。
人々は彼から、神々しさを感じるであろう。

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伊都能売の身魂 

伊都能売の身魂は、私は皇族の生まれではないかと予測していたのだが、
源義経の源一族は嵯峨天皇の子孫である。


”変性女子(へんじょうにょし)は人民からは赤ン坊なれど、
 神が憑(うつ)りたら、誰の手にも合わん身魂であるぞよ。”


変性女子は相当落ちぶれているそうだから、赤ン坊という表現なのだろうけど・・・、
たぶん、ニート、フリーター、ホームレスになっている可能性は高い。
神が憑ったら、世界統一に向けて活動するみたい。

イエス・キリストの再来か・・・・。
変性女子に世界主が憑ると思われる。
なんで、シャンバラ大師クラスが世界の王にならないのかわからないのだが・・。
すくなくとも、シャンバラ大師が二人出現するはずだが・・・・。
伊都能売の身魂は、スの神のワケミタマなのだろう。

出口王仁三郎 の予言 

王仁三郎
存命中 王仁三郎、未来について語る。

●五十世紀の地球
「松彦『…(前略)… 現界は二十世紀という、魂の小さい人間の住まっていた時代を超過し、既に三千年暮れている。現界で言えば、キリストが現れてから五十世紀の今日だ。世はだんだん開けるにつけて、地上の人間は労苦を厭い、歩くのにも電車だとか、自動車、汽車、風車、羽車などに乗って天地間を往復し、少しも手足を使わないものだから、身体はおいおいと虚弱になって、もはや五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になってしまったのだ。しかしながら、十九世紀の終わりから二十世紀にかけて芽を吹き出した、三五教の教を信じ不言実行につとめ、労苦を楽しみとしている人間の系統に限って、それと反対に六尺以上の体躯を保ち、現幽神界において、神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ』」(『霊界物語』第15巻20章「五十世紀」)

●空中に文字を発信(Eメール等か?)
「松彦『昔のように今日(= 五十世紀)の時代は、毛筆や、鉛筆や、万年筆などの必要はありません。ただ指先をもって空中に七十五声の文字を記せば、配達夫はただちに配達してくれますよ。…(中略)… この交通機関は二十一世紀の初期から開始されたのですよ』」(『霊界物語』第15巻21章「帰顕」)

●二十四世紀は天国浄土の完成時代
「弥次彦『…(前略)… 二十四世紀の今日に、原始時代のような、古い頭を持っているから判らぬのだ。今日の娑婆をなんと考えている、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣という精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って一時間に五百マイルという速力だ。蓮華の花は所狭きまで咲きみだれ、何ともかとも知れない黄金世界が現出してをるのだ。…(後略)… 』」(『霊界物語』第14巻8章「泥の川」)

●ミロクの世について
「ミロクの世になれば寝ながらにして地の中を通ることができ、空をも、また水中をも通ることができると言うてあるが、寝ながら通る地中というのは地下鉄道のことで、寝ながら通る空というのは飛行機、飛行船のこと、水の中を通るというのは潜水艦のことであって、今がその予言の出てきた時代なのである。また蒙古には、黒蛇が世界中を取り巻き、牛や馬が物言うときに成吉思汗が再臨してわが国土を救う、という予言があるが、それも現代のことである。すなわち黒蛇とは鉄道のことであり、牛馬がものを言うのは、人間がひどく堕落して、狐狸牛馬などの容器になってくることをいうたものである。」(『月鏡』)

「"みろくの世" といっても、人間の社会に変わりはない。善悪美醜相交わって成る人間のうち、悪がはみ出してきても不思議はない。社会的制裁用のイヤリング(耳飾り)なんかがあるという。おシャレの装身具も、価値観の変化で違った利用のされかたになるものだ。」(『予言・確言』)

●霊気が電気に取って代わる
「…(前略)… 無線電信や、電話やラヂオが活用され来たるは、五六七(ミロク)の神政の魁として、もっとも結構なことなり。しかしながら物には一利一害のともなうものにして、善悪相混じ、美醜たがいに交わる造化の法則に漏れず、便利なればなるほど、一方にまたそれに匹敵するところの不便利なることが出来るものなり。電気なるものは、前述のごとく宇宙の霊素、体素より生成したものなるが、その電気の濫用のために、宇宙の霊妙なる精気を費消すればするだけ、反対に邪気を発生せしめて宇宙の精気を抹消し、ために人間その一切の生物をして軟弱ならしめ、精神的に退化せしめ、邪悪の気宇宙に充つれば満つるほど、空気は濁り悪病発生し害虫増加す。されど今日の人間としては、これ以上の発明は未だ出来てをらず、ゆえに五六七神政の過渡時代においては、もっとも有益にして必要なものとなりをるなり。も一歩進みて不増不減の霊気をもって電気に代えることになれば、宇宙に忌まわしき邪気の発生を防ぎ、至粋至純の精気によりて、世界は完全に治まり来るなり。この域に達するにも、今日のごとき浅薄なるものを捨て、神霊に目醒めざるべからず。大本信者の中には、電気燈を排斥する方々が、たまたまあるやに聞けども、それはあまり気が早すぎるなり。これ以上の文明利器が発明されて、昔の行燈が不用になりしごとくに、電燈不用の時機に電気を廃すればよし。
また宇宙には無限の精気が充満せるゆえ、何ほど電気を消費しても無尽蔵なり。決して、無くなるといふ心配はいらず。また一旦電気濫費より発生したる邪気も宇宙無限の水火の活動によりて、新陳代謝が始終行なわれをるゆえ大丈夫なり。この新陳代謝の活用こそ、神典にいわゆる祓戸四柱の大神の不断的活動によるものなり。…(下略)…」(『霊界物語』第4巻50章「神示の宇宙 五」)

●ラジオは気候を調節する
「西村さんがフランスから帰朝の途次シベリアを通過して、気候が案外暖かであったというていたが、近来地上の気候はラヂオ使用のため大気に大変化をきたしておるのである。神諭になる『世界中を舛かけ曳きならす』ということを皆が小さい意味にとって、国土とか、経済とかの上とのみ思っておるようであるが、神様の舛かけ曳きならsっはそんな狭義の意味のものではない。気候までも舛かけ曳きならされるのであって、ラヂオもその働きの一部分をつとめているのである。ラヂオは音波を輸送するごとくに、寒気、熱気をも輸送するもので、寒帯の寒気は熱帯に運ばれ、熱帯の熱気は寒帯に運ばれて世界中の温度がだんだん平均してくるのである。平均するというても、比較的のことであって、熱帯はやはり暑く、寒帯は冷たいが、寒暑の度が今までのように激烈でないように調節されるのである。温帯はあまり変化はない。『北がよくなるぞよ』との神諭もまた這般の消息を伝えているのである。また大本祝詞の『暑さも寒さもやわらかに云々』とあるもこの事である」(『水鏡』)

●世界が十二のブロックに編成される
「…(前略)… 是から世界は十二ヶ国に約まりて日本の一つの王で治まるのであるが、其所に成る迄には世界に大混雑が湧いて来るから、余程確りと腹帯を締ておかんと、途中で腹が破れるやうな事が出来いたすぞよ。…(下略)…」(『伊都能売神諭』大正八年一月二日)

●経済ブロックの創設
「皇道経済実現には、第一に自給自足の経済ブロック圏を創設することである。山陰ブロック、山陽ブロック、四国ブロック等々で、ブロック圏相互に有無相通ずることである。だんだん大きくして日本ブロック。それからアジアブロック、アメリカブロック、エウロッパブロック。アフリカブロック。オーストラリアブロック。北米ブロック。南米ブロックと大きい経済ブロックを創設して大きいブロック相互の有無相通によって、全地球の自給自足経済までに拡がって行くことが神の経済経綸である」(『新月の影』昭和18年)

●飛行機は不要になる
比村「みろくの世には飛行機は要らないとありますが」
出口氏「みろくの世には飛行機よりももっと良いものが出来るからだ。今の飛行機みたいにあんな事をしないでもよいようになる」(『昭和青年』「出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会」昭和7年12月号)

●都市の構造
「都市の構造といえば、円形に近い街区となり、ローマのコロシアム風な余裕のなる広がりを示し、各都市の中心部の広場には精神的な施設の建物、文化センターなどが営まれて、いわゆる文化のエリアとも称すべきものとなる。都市の人口は十万人が理想とされるが、世界の各地にはそれぞれの風土的特色が加味されていく。」(『予言・確言』出口和明著)

●未来の乗り物
「また、時速七百キロの弾丸列車が地上に浮いてブーッと行くのだと王仁三郎は表現した。こんにちで言うエアーカーやリニアエアーカーを示しているのだろうが、当時はそんな言葉も二百キロの新幹線も生まれていない。東京、ニューヨーク間は四十五分、地球上のあらゆる地点へ行くのに三時間ですむようになる。世界日帰り旅行も可能で、地球はせまくなる。土の中をもぐって行く交通機関(地下鉄に非ず)、つまり土を掘りながら進む乗物ができるという。航空機とは別に、風車や羽車を駆使して自由自在に空がとべると、大正十一年に言っている。絶対に落ちない飛行機ができるとも断言しているから、現在の航空原理とは異なった次元の飛行機が生まれるのか。」(『予言・確言』出口和明著)

●人口問題について
「王仁三郎の予知は人口問題にもわたる。夫婦間には自然に二、三人の子供しか生まれないようになるから、生存競争に苦しむことはなくなる。一部の学者が心配するほど、地球上に人間があふれ出る懸念は杞憂となりそうだ。王仁三郎によれば、地球上での理想的な人口は五十六億七千万人という。一夫一婦制の原則がくずれることはないと言っている。体質も変わってきて、寿命がますますのび、二百歳ぐらいから老化現象がはじまるくらいだ。寿命が伸ばされる以上、それに見合った社会の仕組となるだろうが、具体的にどうなるかはわからない。」(『予言・確言』出口和明著)

●労働時間は一日三時間に
「労働時間は一日三時間に、人によっては一時間だけでもいい状態になるという。月に五日の基本的休日のほかに、祭日が三日、つごうで八日の休日を予見しており、各個人の状況に応じて一ヵ月分ないし一年分にまとめてとってもよいようになる。余暇には、霊的向上を培うような芸術的修練がそれぞれの志向によって楽しまれるであろう。」(『予言・確言』)

●教育はまず胎教から
「教育はまず胎教から始まる。母親の霊的向上に力点が置かれるのだろう。年代を三段階に分けて十三歳以下は小国民教育、二十歳以下は中国民教育、二十歳以上を大国民教育とする。低い年齢層には、女性の教員が担当する。天才教育 — つまり各自の天賦の才能を引き出す時期は中国民教育課程である。小国民教育ではとくに伝記・地理・歴史を重視するが、総体的には、感恩・鍛練・順序(事柄の本末)が教育の三大眼目に据えられて、知育・徳育・体育・技育が配されると予言する。愛の心をはぐくみ育てるために子供のときから農業に従事させて物を育てること、土に親しむことの喜びを教える。世間へ出てからの資格をとるための教育は姿を消し、人格の育成、人間と人間がじかに触れ合う昔の塾に似た形のものが尊ばれる。いい意味での学校組織は残され、質的な向上が目ざされると言っている。」(『予言・確言』出口和明著)

●宗教がなくなる世がみろくの世
「各宗教がその最大公約数とすべき人類の "和" を、いかに具現するかが宗教者の究極の眼目であって、それ以外の "宗教" は不用になる。マルクスの言う宗教否定とは異なる次元において、宗教はなくなるであろう。各人の身魂の立替え立直しが完了して、神と一体化する世、王仁三郎も「宗教がなくなる世がみろくの世だ」と言っている。」(『予言・確言』出口和明著)

出口王仁三郎について 

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出口王仁三郎は出口家の婿養子であり、
幼名は上田喜三郎である。

父親は上田吉松であり、
母親は上田よねである。

王仁三郎の父も婿養子で、幼名を佐野梅吉と言う。

上田家のルーツは藤原氏なのだが、
八代前の政右衛門の代に
「藤原姓だと万一過って藤蔓を切ると家が断絶する」
という巫女の言葉を聞き、改名する。

出口王仁三郎は有栖川宮熾仁親王と上田よねの落胤である。
*落胤(らくいん)とは父親に認知されない庶子、私生児のこと。
歴史上では高貴な人物の出自でそれが話題になることが多い。


ただ・・・落胤説は王仁三郎得意のホラ話という説もある

ちなみにコメントのなかで小川さんは
菅原道真公と関係あるみたいなことが書かれていたが・・・・


img20110512231726541.jpg

私の守護霊が公家の姿をしているそうなのだが・・・・・
また、菅原道真の家臣の末裔に小川氏という
名前がいたそうなのだが・・・・
どうなんだろう(;^_^A


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運命と宿命 

(出口王仁三郎著 水鏡より)

運命と宿命

宿命とは人間各自が先天的にもって生れた境遇であって、
後天的にどうする事も出来ない境涯を言うのである。
運命は努力次第で無限に開拓して行けるものである。
例えば貴族に生れた、平民に生れた、美人に生れた、醜婦に生れた、
農家に生れた、商家に生れた、こういうのは宿命である。
後からそれを動かすことは絶対に出来ない。
しかし平民に生れたからといって、
一生涯平民で終わらねばならぬと云う理由は無い。
各自の努力次第で貴族になれぬ事もなければ、
貴族といえども放蕩懶惰(らいだ)を事とすれば
礼遇停止で平民に降下するとも限らぬ。
農家に生れたと云う宿命は動かす事が出来ないが、
これも一生涯農業をせねばならぬと云う事は無い。
何に職業替をしようと勝手である。
商業が嫌いなら外の職業を選んだって、
一向差支えない訳である。如何に天性の美人だって境遇が悪くって、
燻って居れば、化粧装飾を十分にする事の出来る
醜婦より見劣りがするものである。
即ち運命は努力でどうともする事が出来るものである。

運は人が作る

運命と宿命の違う事はかつて話しておいたが、
運命と云うものは、自分がつくって行くのである。
運という字ははこぶと訓(よ)む、
こちらから運んで運命を展開して行くのであって、
自分の思わくの立つように、自分から仕向けて行くのである。
そういう人を神様はお助けなさるのであって、
棚から牡丹餅を待って居るような人は、
いつまで待っても運が開けることは無い。
幸運は運ばねば得難いものである。

抜粋終わり

自我の強い人ほど、己の境遇を他者に転換する。

アリオンはよく、自立しなさいと言っている。

自立するということは、自我を確立することである。

シュタイナーは次のことを言っている。

来世に若さと美を得る方法について)

利己主義的な振る舞いと、愛に満ちた共同生活のなかにも、
興味深いカルマ的な関連がみられる。
凝り固まった習慣的な利己主義と、利他的な愛に満ちた共感がある。
どちらもエーテル体及び物質体に表現される。
ある人生のおいて習慣的に利己的に行動した人は、
つぎの人生において早く老け、しわが多くなる。
反対に、愛に満ちた、献身的な人生を送った人は、
つぎの人生では、いつまでも若々しく、フレッシュでいられる。
来世のために、物質体を意識的に準備することもできるのである。

まあ、私は若く見えるので、前世では

愛に満ちた、献身的な人生を送った人だろう^_^

出口王仁三郎氏が言いたいことは次につながっている。


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