正しい事でも、それを主張するために攻撃的想念を抱いた時には既に誤り 

『正しい事でも、それを主張するために攻撃的想念を抱いた時には既に誤り。』
攻撃想念をいだきながら相手をコテンパンに傷つけ、打ちのめし、
論破してしまっては、喩え正しい行為であっても、攻撃する心で相手を折伏するなら、
そこにはもはや愛はなく、己の満足のための支配があるに過ぎない。
いかなることでも”攻撃的想念”を抱いたときはその時点で悪の心である。

”正義感の強さ故に、悪を憎み、
 罪を許さないという思想は幽界に通じるものでる”

「悪を悪と見るのが悪」
「悪いこと通して善くなる仕組、よく心得よ」
「悪も御役であるぞ。この道理よく腹に入れて下されよ」
「悪も神の御働きと申すもの、悪にくむこと、悪ぢゃ。
 善にくむより尚悪い。何故に判らんのか」

ルシファーは傲慢の罪で落とされた。(聖書)
艮の金神は悪を一切許さないという厳格な神政を
布いていたので封印されたのであるぞ。

スサナル命が、荒ふる神、悪神ではなく、
人民の罪背負って下さる救い主の大神であることが判らねば、岩戸は開けんぞ。
(日月神示)
悪を一切許さないという罪=傲慢の罪で
落ちたというのは罪をかぶってくれたのぞ。
スサナル命=ルシファー=艮の金神=地球ガイア

嬉し嬉し嬉し
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ひふみ
よいむなや
こともちろらね
しきる
ゆゐつわぬ
そをたはくめか
うおえ
にさりへて
のますあせゑほれけ



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