これは、英雄への道ではない。 

社会的に不安的になると、過激な主張をするようになる。
若者は悪の指導者を見出し、よく扇動される。
大衆というのは、あれこれ、避難するくせに、
外的な悪を見だそうとする。
創造行為におけるエネルギーとは、ただ、方向性の問題である。
負の側面に行くと、支配になるが、
正の側面に行くと、指導となる。
指導者、人心掌握術、帝王学、という言葉があるが、
為政者というのは、ただの善人が進める道ではない。
悪を学ぶことで、若者を導くことができる。
英雄として、生きたいなら、ただ、善のみを語ればいい、
真の王となる器のある人物のみが、悪の指導者と進むことがあるのだ。


これは、英雄への道ではない。
英雄を志すものは無用である






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