正義を振りかざす必要はない 

ひふみ神示
善と悪と二道かけてならんぞ。理は一本と申してあらう。
悪は悪として御役あるぞ。 悪と偽りの中に悪の喜びあるぞ。
善と悪の二道の中には、二道かけては喜びないぞ。
喜びないもの亡びるのざ。

御役の悪とは悪と偽りの悪であるぞ。
悪と善との二道かけての悪でないぞ。

心せよ。悪は悪にのみ働きかけ得るのであるぞ。

善に向つて働いても、善はビクともせんのぢや。
ビクつくのは、悪に引込まれるのは、
己に悪あるからぞ。
合せ鏡と申してあろうが。

悪の気断ちて下されと申しておろう。

心の鏡の凸凹なくなれぱ悪うつらないのざ。悪はなきものぞ。
無きとは力無きことぞ。

悪あればこそ向上するのであるぞ。
悔い改め得て弥栄するのであるぞ。」


善と悪とに、勝手にわけて、善をやろうと申すのが、
いちいち悪に心揺らぎ、心奪われてはならない。
悪にいちいち反応して悪想念を発することをまず制御せねばならないのである。
勧善懲悪の短絡思考を好むのは邪神の囁きであるぞ。


日本国には「因縁相成就」という言葉がある。
「因」とは物事の直接的原因、
「縁」とは間接的条件のことである。
仮令(たとえ)今生で裁かれるような「因」が過去世または今生の過去にあっても、
これに「縁」を与えなければ宿業の結果は現れてこないのである。

この巡る負の因果に終止符を打つ方法は万人の悪想念制御以外にない

『裁きを加える前に、二度考えることだ。
 他の人々の願望に心を向けるのだ』
 マックスウェル・マルツ

『よく調べもせずに、簡単に悪と決めてかかるのは、
 傲慢と怠惰のせいである』
 ラ・ロシュフーコー

『神様でさえ、人を裁くのに、その人の死後までお待ちになる』 
 サミュエル・ジョンソン

『人を裁くな。人の裁きを受けるのがいやなら』
 リンカーン

『裁くのをやめる。それだけで、幸せになれる』
G・ジャンポルスキー

「人を裁くことなかれ。しからば汝らも裁かれざらん」

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