自我の発達プロセスのひとつで、善悪のイメージ 

人類は、高度の文明を伴い、自我の拡大をともなってきた。
そして、自我が強いものは感情性が攻撃的になって、どうしても
外的者にたいして分離性というのが、自我に見受けられる。
文明を発達させるためには、他者の競争における、
自我の拡大しかならないからである。
自我の発達プロセスのひとつで、善悪のイメージだ。
自我というのは反復という外的な事象から、
二次的な善、悪を通して、
分離感を通らせ、
主観的な善悪観念が宿っている。
これらは、自己にある内的な体験を通して、
自我を形成されるのだが、
これにおけるのは、生存競争に有利な条件の学習の
反復による自己感覚なのである。
教師にとっては、勉強ができる子は
生存競争に有利な条件である。
では、生存競争に不利な立場な人間はどうなるであろうか?
外的に作用するものは、暴走族などの
自己顕示欲を出すしかならない。
内的に作用するものは、ひきこもりなどの
自我が弱いものに見受けられる。
不良少年が一般な世間的には、問題児とされているが、
社会人として問題を抱えている人間はいる。
結局は、それが、社会で出てくるか、
学校で出てくるかの問題である。

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