精神世界や神秘修行者について 

精神世界や神秘修行者についてだが、

意思、感情、思考の三つを訓練しなければいけない。

ルドルフシュタイナーによると、どれかひとつでもかけてはいけないの述べている。

仏教徒は瞑想にこだわる傾向があるのだが、

精神世界のブログ主も多い傾向がある。


明瞭な論理的思考を必ず、訓練することである

空海、バグワン、シュタイナーも霊的に発達した集団は、絶対的な思考力を有している。

ただ、現在の多くの人類は思考を鍛えるワークまで頭脳が発達していない。

そういった意味では、バグワンOshoのサニヤシンの思考レベルが低いので、

思考のワークをやっていなかった。

バグワンOshoはルドルフシュタイナーを知っていたそうだが、

講和には必要がなかったのか、一度だけ名前を述べただけである。

私は、瞑想の類はあまりしないのだが、

呼吸法とマントラ、注意力を鍛える瞑想なら、たまにする程度ぐらい。

バグワンOshoの光明は悟りを意味するそうだが、

瞑想は関係ないと思うのだが・・・・、

どちらかというと、講和のほうが意味があると思われる。

ただ、筆者の感覚だが、初期の講和のほうがいい。

思考力がないと、霊界参入したときに、神秘修行者は幻想の谷間に落ちるであろう。

ただ、問題なのが個々にあった思考のワークが必要であろう。

OSHOのマインドとハートといった講和の形がいいのだが、

講和のなかには、詩が多い傾向があるので、オススメできないのもある。

OSHOダルシャンかタントラ秘法の書(ヴィギャン・バイラブ・タントラ)。

だがOSHOダルシャンはページが少ないので、筆者としては物足りない。

以下、リンク先


市民出版社

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