知識先行型 

現在の人類は物事を判断できないものは多い。
これは、知識先行型におけるものからと思われる。
これは、現在の社会が知的な内容を多く語る人物が
優秀な人間だと見なす社会制度にある。
やがて、論理的な傾向のある言動、文章のほうがこのまれる社会になってくる。
物知りな人間は知的な人物だと思われる為だと思われるようになるが、
そして、賢いと思われるには、論理的な傾向が強いと”納得”してしまう傾向が強い。
しかし、論理的な思考はものごとを判断する材料を提供をしてくれない。
ものごとを判断する材料は、感情、感覚をともなう体験でないと養うことができない。
子供のうちから遊びが重要なのだが、
知識を重視した社会は考えない大人となっていく。
言葉や文字だけでは、概念を内部に形成されない。
概念的思考が必要なのだが、
これは、あらゆる印象運動が必要不可欠である。
だが、自我意識を通してあらゆる経験の反復により、内部に結晶化してしまう。
用は、「変えたくない」、”場”に執着してしまう。
印象運動では、あらゆる体験をしなければいけない。
だが、やがて自己同化が始まる。
このことをわかっている導師は、
自己同化できない方法をつかって弟子を訓練しようとする。
本当の導師というのは、「常に慣れない状況や予測できない事ばかり」を与え続けることをする。

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