出口王仁三郎 の予言 

王仁三郎
存命中 王仁三郎、未来について語る。

●五十世紀の地球
「松彦『…(前略)… 現界は二十世紀という、魂の小さい人間の住まっていた時代を超過し、既に三千年暮れている。現界で言えば、キリストが現れてから五十世紀の今日だ。世はだんだん開けるにつけて、地上の人間は労苦を厭い、歩くのにも電車だとか、自動車、汽車、風車、羽車などに乗って天地間を往復し、少しも手足を使わないものだから、身体はおいおいと虚弱になって、もはや五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になってしまったのだ。しかしながら、十九世紀の終わりから二十世紀にかけて芽を吹き出した、三五教の教を信じ不言実行につとめ、労苦を楽しみとしている人間の系統に限って、それと反対に六尺以上の体躯を保ち、現幽神界において、神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ』」(『霊界物語』第15巻20章「五十世紀」)

●空中に文字を発信(Eメール等か?)
「松彦『昔のように今日(= 五十世紀)の時代は、毛筆や、鉛筆や、万年筆などの必要はありません。ただ指先をもって空中に七十五声の文字を記せば、配達夫はただちに配達してくれますよ。…(中略)… この交通機関は二十一世紀の初期から開始されたのですよ』」(『霊界物語』第15巻21章「帰顕」)

●二十四世紀は天国浄土の完成時代
「弥次彦『…(前略)… 二十四世紀の今日に、原始時代のような、古い頭を持っているから判らぬのだ。今日の娑婆をなんと考えている、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣という精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って一時間に五百マイルという速力だ。蓮華の花は所狭きまで咲きみだれ、何ともかとも知れない黄金世界が現出してをるのだ。…(後略)… 』」(『霊界物語』第14巻8章「泥の川」)

●ミロクの世について
「ミロクの世になれば寝ながらにして地の中を通ることができ、空をも、また水中をも通ることができると言うてあるが、寝ながら通る地中というのは地下鉄道のことで、寝ながら通る空というのは飛行機、飛行船のこと、水の中を通るというのは潜水艦のことであって、今がその予言の出てきた時代なのである。また蒙古には、黒蛇が世界中を取り巻き、牛や馬が物言うときに成吉思汗が再臨してわが国土を救う、という予言があるが、それも現代のことである。すなわち黒蛇とは鉄道のことであり、牛馬がものを言うのは、人間がひどく堕落して、狐狸牛馬などの容器になってくることをいうたものである。」(『月鏡』)

「"みろくの世" といっても、人間の社会に変わりはない。善悪美醜相交わって成る人間のうち、悪がはみ出してきても不思議はない。社会的制裁用のイヤリング(耳飾り)なんかがあるという。おシャレの装身具も、価値観の変化で違った利用のされかたになるものだ。」(『予言・確言』)

●霊気が電気に取って代わる
「…(前略)… 無線電信や、電話やラヂオが活用され来たるは、五六七(ミロク)の神政の魁として、もっとも結構なことなり。しかしながら物には一利一害のともなうものにして、善悪相混じ、美醜たがいに交わる造化の法則に漏れず、便利なればなるほど、一方にまたそれに匹敵するところの不便利なることが出来るものなり。電気なるものは、前述のごとく宇宙の霊素、体素より生成したものなるが、その電気の濫用のために、宇宙の霊妙なる精気を費消すればするだけ、反対に邪気を発生せしめて宇宙の精気を抹消し、ために人間その一切の生物をして軟弱ならしめ、精神的に退化せしめ、邪悪の気宇宙に充つれば満つるほど、空気は濁り悪病発生し害虫増加す。されど今日の人間としては、これ以上の発明は未だ出来てをらず、ゆえに五六七神政の過渡時代においては、もっとも有益にして必要なものとなりをるなり。も一歩進みて不増不減の霊気をもって電気に代えることになれば、宇宙に忌まわしき邪気の発生を防ぎ、至粋至純の精気によりて、世界は完全に治まり来るなり。この域に達するにも、今日のごとき浅薄なるものを捨て、神霊に目醒めざるべからず。大本信者の中には、電気燈を排斥する方々が、たまたまあるやに聞けども、それはあまり気が早すぎるなり。これ以上の文明利器が発明されて、昔の行燈が不用になりしごとくに、電燈不用の時機に電気を廃すればよし。
また宇宙には無限の精気が充満せるゆえ、何ほど電気を消費しても無尽蔵なり。決して、無くなるといふ心配はいらず。また一旦電気濫費より発生したる邪気も宇宙無限の水火の活動によりて、新陳代謝が始終行なわれをるゆえ大丈夫なり。この新陳代謝の活用こそ、神典にいわゆる祓戸四柱の大神の不断的活動によるものなり。…(下略)…」(『霊界物語』第4巻50章「神示の宇宙 五」)

●ラジオは気候を調節する
「西村さんがフランスから帰朝の途次シベリアを通過して、気候が案外暖かであったというていたが、近来地上の気候はラヂオ使用のため大気に大変化をきたしておるのである。神諭になる『世界中を舛かけ曳きならす』ということを皆が小さい意味にとって、国土とか、経済とかの上とのみ思っておるようであるが、神様の舛かけ曳きならsっはそんな狭義の意味のものではない。気候までも舛かけ曳きならされるのであって、ラヂオもその働きの一部分をつとめているのである。ラヂオは音波を輸送するごとくに、寒気、熱気をも輸送するもので、寒帯の寒気は熱帯に運ばれ、熱帯の熱気は寒帯に運ばれて世界中の温度がだんだん平均してくるのである。平均するというても、比較的のことであって、熱帯はやはり暑く、寒帯は冷たいが、寒暑の度が今までのように激烈でないように調節されるのである。温帯はあまり変化はない。『北がよくなるぞよ』との神諭もまた這般の消息を伝えているのである。また大本祝詞の『暑さも寒さもやわらかに云々』とあるもこの事である」(『水鏡』)

●世界が十二のブロックに編成される
「…(前略)… 是から世界は十二ヶ国に約まりて日本の一つの王で治まるのであるが、其所に成る迄には世界に大混雑が湧いて来るから、余程確りと腹帯を締ておかんと、途中で腹が破れるやうな事が出来いたすぞよ。…(下略)…」(『伊都能売神諭』大正八年一月二日)

●経済ブロックの創設
「皇道経済実現には、第一に自給自足の経済ブロック圏を創設することである。山陰ブロック、山陽ブロック、四国ブロック等々で、ブロック圏相互に有無相通ずることである。だんだん大きくして日本ブロック。それからアジアブロック、アメリカブロック、エウロッパブロック。アフリカブロック。オーストラリアブロック。北米ブロック。南米ブロックと大きい経済ブロックを創設して大きいブロック相互の有無相通によって、全地球の自給自足経済までに拡がって行くことが神の経済経綸である」(『新月の影』昭和18年)

●飛行機は不要になる
比村「みろくの世には飛行機は要らないとありますが」
出口氏「みろくの世には飛行機よりももっと良いものが出来るからだ。今の飛行機みたいにあんな事をしないでもよいようになる」(『昭和青年』「出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会」昭和7年12月号)

●都市の構造
「都市の構造といえば、円形に近い街区となり、ローマのコロシアム風な余裕のなる広がりを示し、各都市の中心部の広場には精神的な施設の建物、文化センターなどが営まれて、いわゆる文化のエリアとも称すべきものとなる。都市の人口は十万人が理想とされるが、世界の各地にはそれぞれの風土的特色が加味されていく。」(『予言・確言』出口和明著)

●未来の乗り物
「また、時速七百キロの弾丸列車が地上に浮いてブーッと行くのだと王仁三郎は表現した。こんにちで言うエアーカーやリニアエアーカーを示しているのだろうが、当時はそんな言葉も二百キロの新幹線も生まれていない。東京、ニューヨーク間は四十五分、地球上のあらゆる地点へ行くのに三時間ですむようになる。世界日帰り旅行も可能で、地球はせまくなる。土の中をもぐって行く交通機関(地下鉄に非ず)、つまり土を掘りながら進む乗物ができるという。航空機とは別に、風車や羽車を駆使して自由自在に空がとべると、大正十一年に言っている。絶対に落ちない飛行機ができるとも断言しているから、現在の航空原理とは異なった次元の飛行機が生まれるのか。」(『予言・確言』出口和明著)

●人口問題について
「王仁三郎の予知は人口問題にもわたる。夫婦間には自然に二、三人の子供しか生まれないようになるから、生存競争に苦しむことはなくなる。一部の学者が心配するほど、地球上に人間があふれ出る懸念は杞憂となりそうだ。王仁三郎によれば、地球上での理想的な人口は五十六億七千万人という。一夫一婦制の原則がくずれることはないと言っている。体質も変わってきて、寿命がますますのび、二百歳ぐらいから老化現象がはじまるくらいだ。寿命が伸ばされる以上、それに見合った社会の仕組となるだろうが、具体的にどうなるかはわからない。」(『予言・確言』出口和明著)

●労働時間は一日三時間に
「労働時間は一日三時間に、人によっては一時間だけでもいい状態になるという。月に五日の基本的休日のほかに、祭日が三日、つごうで八日の休日を予見しており、各個人の状況に応じて一ヵ月分ないし一年分にまとめてとってもよいようになる。余暇には、霊的向上を培うような芸術的修練がそれぞれの志向によって楽しまれるであろう。」(『予言・確言』)

●教育はまず胎教から
「教育はまず胎教から始まる。母親の霊的向上に力点が置かれるのだろう。年代を三段階に分けて十三歳以下は小国民教育、二十歳以下は中国民教育、二十歳以上を大国民教育とする。低い年齢層には、女性の教員が担当する。天才教育 — つまり各自の天賦の才能を引き出す時期は中国民教育課程である。小国民教育ではとくに伝記・地理・歴史を重視するが、総体的には、感恩・鍛練・順序(事柄の本末)が教育の三大眼目に据えられて、知育・徳育・体育・技育が配されると予言する。愛の心をはぐくみ育てるために子供のときから農業に従事させて物を育てること、土に親しむことの喜びを教える。世間へ出てからの資格をとるための教育は姿を消し、人格の育成、人間と人間がじかに触れ合う昔の塾に似た形のものが尊ばれる。いい意味での学校組織は残され、質的な向上が目ざされると言っている。」(『予言・確言』出口和明著)

●宗教がなくなる世がみろくの世
「各宗教がその最大公約数とすべき人類の "和" を、いかに具現するかが宗教者の究極の眼目であって、それ以外の "宗教" は不用になる。マルクスの言う宗教否定とは異なる次元において、宗教はなくなるであろう。各人の身魂の立替え立直しが完了して、神と一体化する世、王仁三郎も「宗教がなくなる世がみろくの世だ」と言っている。」(『予言・確言』出口和明著)

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コメント

>夫婦間には自然に二、三人の子供しか生まれないようになる
>一夫一婦制の原則がくずれることはない


結婚という制度は残されるのですか?
というより、性別というものは残されるのですか?

たしか聖書によれば、娶ることも嫁ぐこともなくなるとのことですが。

私は性同一性障害者でも同性愛者でもジェンダーフリー論者でもないですが、性別というものは無くなって欲しいです。

毎日そればかり願っています。
女さえいなくなってくれればいいのにな、と。

女(フェミニスト)の要求する男女平等やジェンダーフリーは男性にとっては地獄でしかありませんが、アメーバのように生物学的に単性になるのならどれほど良いだろうと思います。


5.15追伸

記事「未来予言を気にしないこと (05/04) 」を読みました。

私にとっては今の世界が地獄であり、毎日が絶望ですが、「女の存在しない世界」に行けるよう、何とか耐えていこうとがんばれる気になれました。

また、どうか私を「腑抜け」などと思わないでください。
もし私が本当に腑抜けなら、とっくに「反男性差別」だの「男性解放」だのといった活動に身を投じています。こういうメンズリブ的な思想は責任転嫁でしかありません。
これは自分自身の問題なのです。問題なのは「自分自身が」弱者であるということであって、「社会や女は」そのような弱者男性をどのように処遇すべきかではないはずです──それは自分自身の弱さに向き合わずに逃げているだけです。
私は男としての尊厳を保つためにギリギリのところで闘っているのです。
(但し、国ぐるみで行われている男女共同参画という政策には、ポジティブアクション(男性排斥措置)などの明白な男性差別が存在するので、それらはもちろん例外ですが)

それでは失礼します。

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