講和 

ルドルフシュタイナーは基本は講和であるのだが、
基本的に、四大主著しか推奨しない。
アントロポゾフィーの思考は、シュタイナー独自の思考形態面をもっているのだが、
しかし、はたして、現在の人類の万人にどれほど役に立つだろうか?
私は、まず言語構築することがまず、先決ではないだろうかと思う。
シュタイナー独自の思考形態面を概念上、形成されないまま、
ただ、読むのが大半ではないだろうか。
グルジェフは、そこらへん理解していた。
シュタイナーは秘境教師ではあるが、導師ではない。
グルジェフは、生は<私が存在し>て初めて真実となると著書を書いているが、
シュタイナーの読者は、精神病院行きの患者になるケースはないだろうか。
アントロポゾフィー協会は、マリーシュタイナーや高橋巌氏と決別しているが、
組織というのは形骸化する。
グルジェフはあきらかに、神智学やシュタイナーを非難している。

”知識は人を優越感をもたらす”

wiki

アントロポゾフィーの思想的側面は『自由の哲学』(1894年)、『テオゾフィー(神智学)』(1904年)、『いかにして人は高い世を知るにいたるか』(1904/05年)、『神秘学概論』(1910年)の四著書に集約される。しばしばこれらは「四大主著」などと呼ばれ、シュタイナーの著作の内で最も重要視される。この言葉は、アントロポゾフィー関連図書において何が中心的で、何が「その他のもの」であるかを区別するために考え出された言葉であり、講義録の翻訳や関連図書の数が増えるにつれ、日本でも少しずつ重要な意味を持ち始めている。

多くの場合、講義録の聴衆であった人々は、彼の著作を読み、よく理解したいわば「上級者」であった。それゆえ速記された講義録の内容は、つねに神秘思想としてのアントロポゾフィーの基礎(基本)を欠いた、いわば「内輪向け」の内容であると言える。対して著作はあらゆる読者を想定して書かれており、その内のいくつかは初版以降も何度も見直され、書き直されているという事実(死の数ヶ月前に改定が加えられたものもある)を見れば、彼の著作がその思想を知るにあたって最も信憑性の高い資料であり、講義録はそれに対しては資料価値の低いといえる。よって、ここではもっぱらシュタイナー自身の著作のみを参考文献とする。

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