法然と南無阿弥陀仏 

法然は、南無阿弥陀仏と唱えていたが、
イスラム教でもアラーと唱えているし。
御利益があるだのといった、
御まじない行為での意味での、利己主義的な動機に基づいている。
マントラは一定の音をリズミカルに連続して繰り返していると
ある周波数にになるときに効果があるのだろう。
法然は、南無阿弥陀仏というのは、
帰依的な修行法だがら、
まあ・・おそらくは、神秘体験を得たのだろう。
マントラ・ヨガの修行体系だが、
仏教的な導師はごろごろ、こういった類はよく存在する。


個人的には推奨はしない、しかし、
有象無象の大衆向け(仏教徒)にはなにかしらの修行した実感がほしいのだろう。
まあ、どうでもいい、
永遠にあの世でも、この世でも念仏を唱えてもおけばよかろう。

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