善意の無自覚の善人 

善意の無自覚の善人か・・・。
善というのは、なにか、それは、正しいという言葉で定義されてないだろうか?
あなたの言葉は、正しい。
それだけで、人は、導くであろうか?
善、正しいことが、常に正しいというのは限らないのだよ。
駄目なやつや、悪党ですら、
正しいという言葉は、善という行動は、
善を憎む行動に繋がることなのだろう。
善人として、生きたから、
自己の悪に気づかないまま、生きていたのだろう。
たしか、一時期、彼は声に障害を持っていたような・・・。
忠告してやろうかと思ったが、
必ずしも、適切だとは限らない。
悪というより、無自覚の善意の押し付けが、
彼が因縁を作る要因となるのだろう。
日月神示の系統の仕組みの中で、
仕組み上で使われてからと言って、
特別に霊的に優れているとは限らない。
自己顕示欲が強いものや、
選ばれたという自負心が、慢心へと繋がるのだろう。
そういえば、”新しい仕組みが整った”という
メッセージが何年前に送られた。
おやおや、慢心すると変えると言ってるのに・・・・、

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