汝ら、創造の力を宿すのだ 

シュタイナーは現代史の中に2種類の霊的な力が激しく衝突するのを見ていた。

既に1917年の段階で、彼は講演の中で次のように語っていた。

「〈光の霊たち〉は今、人間にインスピレーションを与え、
 自由の観念と感性を、自由への衝動を発達させようとしている。

 それに対して〈闇の霊たち〉は人種的、民族的な関連、
 血に根ざした古い衝動を現代に甦らせようとしている。
 人種、民族、血統の理想をはびこらせることほど、
 人類を退廃へ導くものはありません。」


光の霊たち=創造の力

闇の霊たち=あやま知

ひふみ神示 第29巻 秋の巻・第十五帖

何程 世界の為ぢゃ、人類の為ぢゃと申しても、その心が、我が強いから、
一方しか見えんから、世界のためにならん。人類の為にならんぞ。
洗濯ぢゃ洗濯ぢゃ。自分が生んだもの、自分から湧き出るものは、
いくら他に与へてもなくならんぞ。与へよ、与へよ、
与へてなくなるものは自分のものでないと申してあろう。
無くなると思ふのは形のみ見てゐるからぢゃ。カラのみ見るからぢゃぞ。
本質は無限に拡がるぞ。与へる程よりよく、神から与へられるぞ。
井戸の水のようなもんぢゃ。汲めば汲むほどよくなる仕組。


物欲が悪なのではない。
創造の力を産み出すスピリットを内在させていないからこそ、
精神を堕落させるばかりか自滅へと追いやる。
富みとは無限に富を産み出す仕組みである。
男にとっては女が、女にとっては男が富みである。
男にないものを女が持ち、女にないものを男は持っているからこそ、
自らに湧き出る富を分け与え、与え尽くすこと、それが富の生産なのである。
半霊半物質社会とは他人に無限大に与へる社会の仕組みの世界である。
わかりやすく説明するなら、人前昔なら竹馬と言った、
物質の遊びを子供に与へていたのである。
父親が子供に・・・子供が大人になり、
その子供が新たなる遊びを作る。
こうやって永遠に繁栄する仕組みである。
溜めるなよ。奪うなよ。世に廻せよ。世界中の民に廻せよ。
誠の自由とは、大歓喜へと向かうことのみでありますぞ。

評価していただけるなら拍手の方をお願いします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://seisinnnoyakata.blog102.fc2.com/tb.php/252-c09715ef