あるツグミの話 

あるツグミが自分が殺される前に、次のように語りかけて来た。

『あなたがたは何と言うひどい事をするのですか。
 この罠はもう禁止されているはずです』

『わたしたち(ツグミの大群)はこの山を超え、命がけで、
 とても遠くの場所までたどり着かなければならないのです』

『わたしたちは神様からの大切な使命で、
 その土地へ飛んでゆかなければならないのですよ、
 それなのにあなたたちは何故わたしたちを捕らえ、殺そうとするのですか・・・』

冬の渡り鳥であるツグミ。
おそらく、なんらかの精霊を神と認識した上で、自らの生き方を学んでいたのである。

つまり彼らは、動物的本能なるもので渡り鳥となっている訳ではなかった。

すべての風も雨も雷も自然霊たちの仕業である。
自然霊たちは高度な予知力によってこの天体地球の全運行を維持している存在である。

自然界の物理的連鎖は、目には見えないが、
彼ら無数の自然霊の意志と行動が動因となって引き起こされており、
雨が降り、風が吹き、木々に実が結び、植物が繁茂し、
季節を繰り返しながら生物が養われているのも彼らの働きがあってこそなのである。

渡り鳥は地球の運行を維持するために移動しているのだが、
人は自分たちだけで生きていると思っているが、
あらゆる生物は神の仕組みとしての”御用”が存在している。
どのような生物も星という天体を維持するために存在しているのだが、
なぜ、動物の皮を使ったバック、服と言ったものを
神が嫌っているのか、そろそろ気づいてくだされよ。
いかにみなみな、曇りひどいか判りてきたであろうに。


ひふみ神示 第27巻・春の巻 ・第十四帖

どんな草でも木でも その草木でなければならん御用あるぞ。だから生きているのぢゃ。
そのはたらき御用忘れるから苦しむ。行き詰る。御用忘れるから亡びるのぢゃ。
個人は個人の、一家は一家の、国は国の御用がある。御用大切、御用結構。
日本が変って世界となったのぢゃ。自分の為ばかりの祈りには、
自分だけの神しか出て来ない。悪の祈りには悪の神。善の祈りには善の神。
始めの間は中々判らんものぢゃ。神様のなされるマネから始めて下されよ。


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