ひふみの伝え文 

概ねの神事は終えたと言えようぞ。
ひとえに、ひとかたならぬ努力ゆえのものじゃ。
感謝をしておるぞ。

ひふみはの、もう凡そは終えたのじゃ。
ひふみ神示というものは、その役割を全うしつつある。
ひふみも、もう引退式じゃ。

ひふみはの、大きく言えばおおよそのこと。
おおよそであるからこそ、大きく言っておる。

おおよそであるが、嘘は言っておらぬ。
時来なば言えんことは多数あり、ひふみはひふみの役目じゃった。
全うしたぞ、全うした。
その役目、全うしたのじゃ。

ひふみはの、ひふみであるぞ、渦であるぞと申したろう。
いかがであったか、渦であったろう。
渦なしでは世界は回らんことが、分かったことであろうかの。

ひふみはの、愛であったぞ。
ひとかたならぬ愛であったぞ、真心であったぞ。
ひふみを信じてほしいのじゃ。
神の心も人のように、真意を汲んでほしかったのじゃ。

神の心、幼子に届いたであろうかの。
すべて届いておるかのう。

ここまできて、ここまできてしもうたぞ。

幼子よ、神に浸れよ。

歴史の渦が帰ってくるぞ。
今の渦と解け合って、巨大な融合炉となるのでな
よいか、法燈などと騒いだところで何にもならん。

見えなばできんことは、あまたあるのじゃ。
見えるようでは、お門違いもあるのじゃ。

ひつくのかみなどと、騒いでくれるなよ。
麻賀多は初発であって、どこかは始まりとなるのじゃ。
だからといって唯一でなし、麻賀多ゆえの役目あってのこと。
神は四方におるぞ、八方におるぞ。
ましてや、円において、渦の目において、守うておるぞ。

その流れもひとまずは、ここにおいてじゃ。打ち止めざぞ。
あとは起こるのみであるぞ。
神と人との手筈は整うたということじゃ。
神界よりの移写は、概ね手筈を終えたというわけじゃ。

であるからして、起こるのみであるぞ。
残されたことは、地上での出来事であるぞ。

ここ百年の、渦の走りが行き着くぞ。
長き神業、神代への融合がなされる果てじゃ。

それでも、神の言葉は変わらん。
ひふみの言葉を愛してくれよ。
ひつくの民、弥栄えんことを、神は願うておるぞ。

これから先、手綱はおのれ自身であるぞ。
内の錨ざぞ、真心であるぞ。

効いたものも効かんくなるぞ。
根こそぎの嵐では、傘がさせんのと同じになるぞ。

おのれの心によってのみ、救われるのじゃ。
その身、生きておることを、愛でるのも気持ちひとつじゃ。

実りに、日々に、感謝を忘れんように。






ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ

ひと ふた み よ いつ 
むゆ なな や ここのたり もも ち よろづ

おおひつきくにの おおかみさま
やさかましませ いやさかましませ

かんながら たまちはえませ
かんながら たまちはえませ

トホカミエミタメ
トホカミエミタメ
トホカミエミタメ

ひふみよいむなやここのたり
ふるべ ゆらゆらと ふるべ

ひふみのみち かみのみち

とこしへに かわらじ
とこしへに かわらじ

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