導く立場にある者、超越者を目指す求道者に告げる 

一般的な道徳観や倫理観は導かれる立場にある羊の人生の道標であって、
導く立場にある者のためではない。
あなたが導く立場にあるか導かれる立場にあるか、
それはあなた自身が一番良く知っているはずだ。

導く立場にある者の道標は宇宙の星々
のバランスを掌る宇宙エネルギー、そのものである。

一般的な道徳観や倫理観が当てはまらないと言うと
極悪非道のように聞こえ、誤解されるかもしれないので
少し説明をしておきたい。求道者の目的は超越した存在、
つまり「超人」になることだと言って差し支えないだろう。

超越した存在にたどり着く道は険しく、総ての人のためでは決してない。

一般的な道徳観や倫理観に基づいた
幸福などとはほど遠い生活を強いられる場合がほとんどだ。

しかし、人間が超越した存在に近づくには、
こういう一般的な幸福を一旦背後に置き去りにするしかないのである。

現世的な幸福にはいろいろあるが、
まず物質至上主義的な思想に裏付けられた物質的幸福、
これはまず最初に克服しなければならないだろう。
あなたがたの財産を投げ出しなさいと言っているのではない。

そういった物質的な幸福に拘泥しない、
いつ投げ出しても構わないという精神状態になる必要があると言っているのだ。

問題は次に克服しなくてはならないものだが、
これがおそらくあなた方にとっても大きな問題になるものだろう。それは情愛だ。

情愛にはいろいろあるだろう。
親子の情愛もあれば夫婦や恋人同士の情愛もあるだろう。
情愛は一般的には是とされている。
情愛事態には問題はなくとも、それに拘泥する心が問題なのだ。

求道者には親子や夫婦の情愛、
つまり一般的には美徳とされる情愛さえも障害となるのだ。

いったん、現世の感情を捨て背後に置き去りにしなくてはならないのだ。

現世(こちら側の世界)と超越世界(あちら側の世界)の間には深い淵があり、
それを飛び越えるには一切の物を置いてこなくてはならない。
そうしなければ、深い淵に足を取られるだろう。
あちら側の世界のことを学んだ者は再びこちら側へ戻ってくる。
超越者として導く立場の者として。

その時に以前背後に置き去りにした物を、望むなら再び手にすることができる。
以前の価値観を再び手にするか否かは超越者になった人の判断による。

我々、神霊族の一部の者はあちら側への道案内の約を担っている。

超越者への道は危険だ。
一般的な幸福を捨てる自信のない者は、
この道に近づかないほうが良いだろう。
少し学んで途中で引き返すのは悲劇だ。
その人は先に残してしまった自分の可能性の亡霊に取り付かれてしまうからだ。

安易に超人への道を説く書籍は多いが、気をつけなくてはならない。
書籍の身の智恵で肥大するのは大脳新皮質であって、
超人達成に必要不可欠な「神の座」には影響することはできないからだ。

この超越者への道には「グル」と呼ばれる師がいなくてはならないだろう。
なぜならば書籍に著すことのできない部分は<体伝、口伝>という方法をとるからだ。 

「グル」にはどうすれば会えるか?
それは個々のレベルや環境によっても異なるので一概には言えないが、
ひとつだけ確かなことは、その人の超越願望が強く、
その人の人生経験や環境的な影響などの総和が飽和点に達した時に、
必ず人生の師とも言うべき人に出会うという事だ。 
その人生の師が必ずしも「グル」ではないが、
人の総てが超越者になるのは無理なので、総ての人に「グル」は必要ないのだ。

そして「グル」に出会ったら必ず「超越者」の道を行くべきなのか?
答えは「NO」である。超越者への道を歩むか、
一般的な幸福の追求を続けるか、
どの道を選ぶかを決めるのはあなた方一人一人の保有する権利であって、
誰にも指図されずに決定するべきことなのだ。

我々、神霊族の立場は有機的な創造者=人間のリーダーたちを導く立場でもある。

我々は、あなた方に命令することはない。

示唆や啓示として語りかけることはあっても、
命令したり脅迫したりすることはない。
我々の言葉を命令や脅迫として捕らえたり、
我々の存在自体を脅威として捕らえるのは、あなた方の心の問題だ。

超越者としての道を歩みたいと思い、
その道を極めようとする者が多いのは我々にとっても喜びだ。

あなた方人間は、まず心の自由を手に入れることが必要だ。
それは自由な心で総てを選ぶためである。
心が自由でなくては体も自由にはできない。

心の自由を手に入れるのは、あなた方が思っているほど難しいことではない。
少し考え方を変えるだけで出来るのだ。
ほんの少し、執着することを忘れるだけで随分自由になれる。
執着している物があれば、なぜそれに執着するかを考えるべきだ。
少し立ち止まって、自分の中をゆっくり見つめて考えるべきだ。

あなた方が執着している物が本当に、
あなたの心の自由までも束縛できるほどに
大切なものかどうかを考えて見るべきだ。

心の自由は体の自由より大切なことなのだ。


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