偽善は悪と同じ意識進化の脱線 

内海康満氏の『霊止乃道』から抜粋

「人々のために人生を捧げた素晴らしい方です」
ときどきこんな言葉を耳にする。
一般的には、他人の為に自己の人生を捧げる生き方が美徳であるとされている。
しかし、それは全く違う。
自分の為に生きて、結果的に人の為になるというのが本来のあり方である。
人間の各細胞はそれぞれ自分の為に生きている。
それが結果的に他の細胞を生かすことになり、その人間を生かしめている。
地球上の生物もそれぞれ自分の為に生きているが、
それによって地球がバランスを保っている。
これが法則というものである。

結局、全ての人間が自分の為に生きるなら、人間社会も調和を生むはずなのだ。
いずれにしても大切なのは、「他人の為に生きるのが正しい生き方である」
という考え方を自分の人生から排除することである。
困っている人を助けるなと言っているわけではない。
自分を主体として生きることを第一にせよ、ということだ。
その意味では、人を助ける職業に就いている人も、
自分を中真に置いて「自分の為に仕事をしている」という認識を持つべきである。
なかには他人を助けたくてしょうがないという人もいるかもしれない。
「誰かの為に親切にしてあげたい。困っている人を助けたい」という人である。

あえて言うが、そういう人は罪悪感に突き動かされている事が多いのである。
過去世で人を苦しめ、そのとき抱いた罪悪感が、
今生でその人助けに向かわせているということだ。
世の中には、貧困や病気に苦しんでいる人々を献身的に世話する人たちがいる。
そのこと自体は悪い事ではないし、実際、そこに崇高な精神を見る事ができる。
また、世間もそういう献身的な生き方をする人を高く評価する。
ところが、なかには世間の評価とは違うものを持っている人もいるのである。
いま述べたように、前世の業によって人助けをさせられている人である。

普通の人には内面的なものは分からないかも知れないが、
外に顕れているもので感じ取ることもできる。
前世の業でやらされている人は、顔にその事実が現れているのである。
神のような高邁な精神で人助けをしている魂は、
ふくよかな顔になり、幸せそうに見える。
ところが、痩せこけて貧相な顔をし、
一生懸命やっているような人は業でやらされていることが多いのである。

前世の業で人助けをやらされているにも関わらず、周りから高く評価され、
その評価を鵜呑みにして「自分はいい事をやっている」
という理解に結びつけると、業は解消されるどころか、
来世はさらに法則を理解させる為に厳しい人生が設定されることになる。
誤解のないように言っておくが、人助けが悪いと言っているわけではない。

人生を生きる上で、自分をどうしようもなく突き動かすものがあるとしたら、
それは前世での「理解」が根本にあると考えなくてはならないということだ。
人助けをしなければならないという強い想いに駆り立てられて人助けの人生を
歩むとすれば、人助けをしなくてはならない何かがあったということである。
それを理解につなげて自分の人生を解いていくのが法則の道なのである。


アーリオーンメッセージ
自分と自分の身内だけ良ければいいという考え方が、この日本を駄目にした


たとえば、募金に協力したことで、
社会貢献したという実感と
多額の寄付をする人は尊敬されるからだ。
他人の為になにか善意を施したという行為という
偽善は悪と同じ意識進化の脱線である。


ひふみ神示
目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。心せよ

ひふみ神示
今までのは悪の世でありたから、己殺して他人助ける事は、
この上もない天の一番の教えと致していたが、それは悪の天の教えであるぞ。
己を活かし他人も活かすのが天の道ざぞ。神の御心ぞ。
他人を殺して己助かるも悪ぞ。己殺して他人助けるも悪ぞ

アーリオーンメッセージ
我々プロジェクト要員は、常に他者の為に働く事で
自分を救うという方法を取っている


善行とは他者の不幸に罪悪感を抱いたり、

中村天風氏の教えでは、

「自分に出来るだけ喜びを多く与えて生きること!」

これが悟りを得た中村天風氏の人生観です。
ここで大事なのが、「喜び」の基準です。
何をすると、喜びを感じるかです。
自分に出来るだけ喜びを多く与えて生きるとは、
他人の喜びが自分の喜びとなるように生きなさいということなのです。
ちなみに情けは人の為ならずという言葉があるが、
人にかけた情けは巡り巡って自分に返ってくるという意味だ。


ひふみ神示
山も自分、川も自分、海も自分ぞ。
草木動物ことごとく自分ぞ、歓喜ぞ。
その自分出来たら天を自分とせよ

ひふみ神示
大神は一切を幸し、一切を救い給ふのであるぞ。
一切が神であり一切が喜びであるぞ。一切が自分であるぞ

ひふみ神示
自分のみの自分はないぞ。
縦には神とのつながり切れんぞ。
限りなき霊とのつながり切れんぞ。
故に神は自分であるぞ。一切は自分であるぞ

ひふみ神示
自分は自分一人ではなく、
タテにもヨコにも無限につながっているのであるから、
その調和をはからねばならん。
それが人間の使命の最も大切なことであるぞ

ひふみ神示
皆々己となれば己はなくなるぞ。
己なくなれば永遠に生命する無限の己となるのぢゃ


ひとつの不調和はやがて潜在意識の投影であり、
それが天変地異の原因である、
森羅万象は自分自身を映し出す幻影であり、自分自身の鏡なのだ。


神を祭れ・・・・森羅万象のすべてを和とせよ

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