髪の毛 

髪は神界との架橋である。

あたかもそれは電線みたやうなものであつて、
頭髪の多い人ほど神界との交通が盛んに行はれるのである。

そして髪の多い人ほど、天の使命が重大なのである。

天の使命が重大なるほどまた苦労が多いものである。

だから苦労の多いのは使命の重大なる證左であつて、
感謝すべき事である。

老人になると天の使命がすくなくなるから、
従つて頭も禿げ、髪も少くなつて仕舞ふのである。

私は幾歳になつてもこの通り、髪が少しも減らぬ。
苦労も多い。使命も重大だ。
 
頭髪は少くとも一寸位はのばして置くがよい、
それより短いのはよくない、
女に長命者の多いのは髪の長いお蔭である。

頭髪を度々洗ふと命が短くなる、
年に一度位が適当である。
多くとも四回を越えてはならぬ. 

髪に魂があり、髪に心がある。

頭髪は美の源泉であり女の生命である。

女の美は頭髪にある。

洗ひだての綺麗な髪を、さつと垂らして居るのは
一番人の心をひく。

女の髪は、毛そのものが
美しいのであるから、成るべく簡単に結んでおく
が一番よいので、いろんな形を拵へるとそれ
だけ美が減ずるものである。

昔から女の髪の毛で大象をも繋ぎ留める力がある
と云ふのはこの理である。

よい髪を持ちながら、わざわざ縮らすのはよくない。
髪は神への架橋であるから、多くて長いのが結構である。

相撲取でも髪が長くなければ九分九厘といふ処で負を取る。
美術家などが髪を長くする事は誠に理由のある事で、
これでなければよい想(さう)は浮かんで来ない。

インスピレーシヨンと云ふのは神からの内流である。

頭髪だけは毛といはずしてカミといふが神の毛の意味である。


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コメント

もし悪い髪で長髪ならば、
そのカミを切ることで悪神を断ち切る
という解釈はアリなのでしょうか?
(悪いカミとは、体内の毒素が多く含まれる髪)

私の髪は、かなり多い方です。

>頭髪を度々洗ふと命が短くなる、
>年に一度位が適当である。
汚いし、臭そう

Re: !

> >頭髪を度々洗ふと命が短くなる、
> >年に一度位が適当である。
> 汚いし、臭そう

おそらく、シャンプーやリンスのことを言っていると思われます。
昔だて、シャンプーなんてなかっただろうし、
シャンプーなどの洗剤で洗うと、
体内に洗剤が染み込み、
寿命が縮むとか、意味合いかなと思います。

まあ・・・
水で洗うぐらいで適当であるぐらいが本来、
良いのかもしれませんね。

シャンプー(ウイキペディア)から抜粋
江戸時代
日本では、洗髪の習慣は過去に遡る程頻度が少なく、
日本髪が結われていた時代は1ヶ月に一度程度というのが一般的であった。

Re: タイトルなし

> もし悪い髪で長髪ならば、
> そのカミを切ることで悪神を断ち切る
> という解釈はアリなのでしょうか?
> (悪いカミとは、体内の毒素が多く含まれる髪)
>
> 私の髪は、かなり多い方です。

体内の毒素が多く含まれる髪てのは、よくわかりませんが、
そのような病気などの類は散髪したほうがよいと思われます。
まあ、インスピレーションが働きやすいするためには、
髪が長いほうが良いといっているだけで、
あまり、気にするほどではないかと思います。
私は長髪するのは、好きではないので、気にしてませんが、
茶髪などはしないほうが良いのかもしれませんね。

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