こうならぬとこの神は世に出られぬ 

八月十五日の終戦に際して、
王仁三郎は「こうならぬとこの神は世に出られぬ」と発言しています。

おそらく、この意味は預言成就と思われる発言と思われる。


ルカ福音書第二十一章(マルコ第十三章・マタイ第二十四章)
しかしエルサレムがローマの軍勢に囲まれるのを見たら、
その滅亡が近づいたと知れ。その時ユダヤの地平における者は急いで山に逃げよ。
都の中におる者は立ち退け。田舎におる者は都に入るな。
これは聖書にかいてあることが皆成就する〝神の刑罰の日〞だからである。

……中略……彼らは剣の刃に倒され、
あるいは捕虜となってあらゆる国々に散らされ
、また〝エルサレムは〞いわゆる異教人時代が終わるまで、
〝異教人に踏みにじられる〞であろう。
 
日と月と星とに世の終わりの不思議な前兆があらわれ、
地上では海がどよめき荒れ狂うため、
国々の民は周章(あわ)てふためき怖じまどい、
全世界に臨もうとしていることを思って、
恐ろしさのあまり悶え死にするものがあろう。
 
するとその時、人々は〝人の子わたしが
〞大いなる権力と栄光をもって、
〝雲に乗って来るのを〞見るであろう。
そこでこれらのことがおこり始めたら、
体を伸ばし、頭をあげなさい。
あなた達のあがないの時が近づいたのだから。


一九四五年当時、全国各都市に大空襲を受け、
広島と長崎に原爆を投下され、
田舎に疎開に行ったことがらから、

急いで山に逃げよ。都の中におる者は立ち退け。田舎におる者は都に入るな。

という意味である。

あるいは捕虜となってあらゆる国々に散らされという意味は

日露戦争時代、日本人の捕虜のことを言っている。

だとしたら、大本教で言う、
大国常立尊はヤハウェ=天帝ウラノス
国常立尊はサナート・クマラ

預言成就はヤハウェとイシヤの二つの存在が成就しようとしているが、
おそらく、ヤハウェは善悪を学ばせようと仕組んでいたと思われる。


ひふみ神示
人間心で邪と見、悪と感ずるから、
狭い低い立場でいるから、いつまでたってもドウドウめぐり。
それを毒とするか薬とするかは各々の立場により、
考へ方や、処理方法や、
いろいろの運び方によって知るのであるから、心せねばならんぞ。

ひふみ神示
悪を意志して善を理解すること許さんぞ。
悪を意志して善を理解せんとするのが悪ぞ。
善を意志して悪を理解せんとするのも悪ぞ。
悪を意志して悪を理解する処に、
善としての悪の用産まれるのざ。


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