アーリオーンメッセージ 

歴史は、日向一族の手によって塗り替えられてゆく。

まず、蘇我氏を使って仏教を積極的に取り入れ、

出雲族の精神的中枢装置である神道を弱体化させ、

重臣だったニギハヤヒの末裔・物部氏の掃討に成功した。

奈良時代に入り、国史の編纂事業が本格的に始まると、

日向族の持統天皇の命により、

各氏族や豪族たちの持つ古伝書などの記録や系図の没収を行った。

大化の改新クーデターによって蘇我氏を掃討した藤原鎌足の子、

アマテラス(天津神)を皇祖神とする日向系中臣氏の

末裔・藤原不比等によって、日向族の栄光の為に

彼らが優位になるようAMA族の歴史を大幅に捏造したのである。

それが『日本書紀・古事記』である。

『日本書紀・古事記』では、スサノオは乱暴者として扱われている。

真の初代天皇ニギハヤヒの扱いも、

イワレヒコ(神武天皇)の脇役とされ、

彼の業績は、オオアナムチ(オオクニヌシ)とすり替えられた。

ニギハヤヒの墓陵の三輪山までもが、オオアナムチのものとされてしまった。

イワレヒコ(神武天皇)こそが初代天皇とされ、

東遷ではなく東征をしたと書かれ、イワレヒコが

ニギハヤヒ天皇の婿養子に行ったという事実は、歴史から消されたのである。

『日本書紀・古事記』における海幸彦(出雲族)の性格は、

一方的に意地悪とされてしまっているが、

この伝説は元々は出雲族が海路の途中で伝えた説話であり、

海幸彦でも山幸彦でもなく、釣り針の持ち主が意地悪だっただけの話である。

本当に意地悪だったのは、話を自分たちの

優位になるように捏造した山幸彦(日向族)であったのではなかったか。

このようにスサノオとニギハヤヒを始めとする出雲族は、

歴史の闇へ葬り去られたのである。

アマテラスの弟の呪術は、日本が重要な時期に差しかかると、

必ず力を二分させる動きの原動力となってしまっている。

蘇我と物部の抗争、源平合戦、南北朝時代。

道鏡(出雲族出身)事件や菅原道真(出雲族出身)事件。

この内紛の度に、AMA族の力や天皇の力、

ひいては日本の国力そのものが萎えてきているということに、注目していただきたい。

日本の力の二分化を食い止める動きをする人物も現れている。

皇室は正史に沿って儀礼を行うべしと、

毎年11月22日夜のニギハヤヒ鎮魂際を復活させたのは、白河天皇であった。

王政復古の完成する明治維新前夜にも、

攘夷派と佐幕派、薩摩藩と長州藩、と日本の力が二分する危機があった。

それぞれの背後では、西欧諸国が

石屋(ふりいめいそん)の傘下として動きを操ろうしていたのである。

これらの動きを統一せしめたのは、土佐藩出身の坂本龍馬であった。

坂本龍馬の命懸けの政治工作が無かったら過去と同じ結果となっただろう。

彼はグラバー邸で石屋に加入し、

さらに巧みに立ち振る舞うが、組織に見抜かれて暗殺される。

石屋は、幕末以後日本の分岐した隙間に入り込んで、

日本の霊的磁場の弱体化に拍車をかけた。

敗戦後には、さらに巧妙な戦略を仕掛けてきた。

史実にもとづいた出雲族の慣例を採用する皇室および宮内庁と、

日向族の嘘の歴史に基づいた国家神道とのズレに目を向けたのである。

<中略>

この両者のズレによる危惧を事前に予告し、

明治維新以後に伸びをみせたのが教派神道であった。

出口ナオや出口王仁三郎も、その流れに居た。

彼らは、必死になって出雲の神々(国津神)の復活を意思表示したのである。

アマテラスの弟の呪術は、彼らの教団をも狙い始めた。

それは、開戦前後に起きた政府の弾圧だけではない。

むしろ、それは戦後に起きた。

教派神道派組織に見る拝金主義と権力抗争である。

彼らの中から生まれ、現在も輝きを失っていないものは、

今や『ひふみ神示(日月神示)』しかない。

アマテラスの弟の呪術は、まず欲望に目を奪われた者にかかっている。

もはや日本人全員が、この呪術にかかっているといっても過言ではない。



ARION,O∴O


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