自我の消滅の仕方 

OSHOは、自我をなくして本来の自分となる方法には沢山方法があるとし、

その一つは孤独な隠棲生活を続けるだそうです。


アリオンは次のことを言っている。

一般的な道徳観や倫理観に基づいた
幸福などとはほど遠い生活を強いられる場合がほとんどだ。
しかし、人間が超越した存在に近づくには、
こういう一般的な幸福を一旦背後に
置き去りにするしかないのである。


これは、私の憶測だが、自我が消滅すると

自分自身にある無意識の集合体にアクセスできるようになると思われる。

いわゆる自分自身にある無意識の集合体にペルソナ(仮面)が存在するのだが、

いわゆる、私という存在は自分自身の一つの存在である。

グルジェフで言えば、自己想起というやつであろう。


グルジェフ・ワークから抜粋
自己想起の一番の特色とは何だろう。――この状態になると自分が中心ではなくなる。
隔絶されてはいない。部屋にいながら部屋全体を知り、そして自分を部屋の中の物の一つ
として自覚する。他人のことも同様に意識に入っており、自分を他人より上に置いたり、
批判的になったり、きめつけたりということをしない。これは愛ではない。が、それは
愛の始まりである。この状態の人間は通常意識しているような“自分”を持っていない。
熟考したり否定的になることはまったく不可能である。なぜなら、そんなことをすれば、
この状態はたちまち消え去ってしまうからである。

グルジェフとクリシュナムルティ―エソテリック心理学入門から抜粋

「グルジェフ・システムによれば、われわれが自分自身と呼んでいるものは、
単に想像上の存在または錯覚にすぎない。それはなんら存在しないのである。
…それが錯覚に基づく安定した連続性を与えられるのは、
単に、その間ずっと用いられているのが同じ身体であり、
同じ精神と感情という事実のゆえなのである」

「内なるおしゃべりは、われわれが一人きりのときはいつでも
常に自分自身とおこなう連続的会話である。
われわれが一人きりになるやいなや、直ちに会話が始まる。
その九十九パーセントはわれわれの想像の不平不満、
個人的動揺、狼狽、いらいら、問題、意向、等々に関係している。
例えば、われわれは誰其がわれわれにこんなことを言った、
なぜ彼はわれわれを然るべく扱わなかったのか、
そしてわれわれは彼にこう言うべきだったが、
しかし言わなかったなどど心のなかで思い返し続ける」


人類の多くはほとんど、自分自身を主観でしか見られない、

それを、無意識の集合体にアクセスできるようになると、

客観的に見るようにする状態をグルジェフの自己想起と思われる。


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