愛 

愛して欲しいということは
それは・・・愛でない、人にかまってほしいだけだ。
自ら、相手に愛することができる・・・・、
つまり、その対象に与えることができることができてこそが愛である。
愛して欲しいということは自我が認めてほしいということである。
愛されていがゆえに嫉妬が生まれる。
嫉妬が生まれるがゆえにもめごとが増え、争いがうまれる。
今のこの世が、その真っ最中である。

自己観察・・・・。

私というペルソナ(人格)を観察するのだ・・・。
自分自身がどのような想いをしているのか?
自己観察の方法としては、日記を書く、
睡眠をとるときにその日の人生を振り返るなどだ・・・。

釈迦大師は次のことを行っている。
人の思いは、いずこへも赴くことができる。
されど、いずこに赴こうとも、おのれより更に愛しいものを見出すことはできない。
それとおなじく、他の人々にも自己はこのうえもなく愛しい。
されば、おのれの愛しさを知るものは、他のものを害してはならない

釈迦大師はまず、汝自身を愛せよと述べている。
自分自身が愛することができたら、
他の人もその人自身のことを愛しいと思っていると言っている。

愛されたいと思う人は自分自身を愛することができないため、
対象を外側に求めるのであろう。
だが、本当の至福とは己自身の内側にあるのだ・・・。

自我を消滅することができたときに・・・
ゴーザル体が活性化し、
意識は上昇し、
涅槃に入ることができよう。


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