六道輪廻 

仏教の概念では、
人間は六道輪廻を繰り返しているという。
「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」

「天道」はその名のとおり、天国の道。

「人間道」は我々が生きている現界の事。

「修羅道」は争いに明け暮れていた人たちが行く世界で、
 戦国時代の武士たちが何百年経った今でも、
 生前と同じように戦に明け暮れているような世界である。
 当然ながら、近代の軍人も修羅道に多く、武士や軍人ではなくても、
 短気で好戦的な人は修羅道に行く可能性が高い。

「畜生道」は、生前に動物的本能のままに生きていた人が行く世界である。
 また、死後、動物に憑依して動物化し、
 自分が動物だと思い込んで動物の姿になった霊も多い。

「餓鬼道」は、食欲・性欲・物欲・金銭欲などを貪り、
 もっともっと…という際限のない欲望の泥沼に堕ちた人が行く世界である。
 欲望はそれ自体が苦であり、満たされない欲望に苦しむ心が餓鬼道を作り、
 自らその世界で苦しみ続けているという状態である。

「地獄道」は、悪事を働いた人が堕ちる世界だという。

人間は死後、波長の法則により、生前の想念と同じ世界に行くので、
それこそ無限の種類の世界が存在する。が、天界を除いて、
「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の4種類の世界に分けられる。

「修羅道」
なにもケンカ好きが修羅に行くとはかぎらない、
経済戦争という言葉もある通り、競合他社との競争・
対立に勝つ為に燃えていた経営者は、「修羅道」に行くかも知れない。

「畜生道」
その名とおり動物的本能のまま生きてた人である。
人をだましたり、横着な奴、悪知恵に長けた奴である。

「餓鬼道」
餓鬼とは「貪る心」の状態の事なので、食事だけとは限らない。
食の餓鬼、金の餓鬼、性の餓鬼など、餓鬼道にも無限の世界が存在する。
人間は幸せになる為に生まれてきた。
ところが、人々は物質的・経済的に豊かになる事が
幸せだという幻想に取り憑かれている。
物や金を求める気持ちは他者との比較から生まれ、
苦悩、嫉妬、怒りなどの想念を自ら生み出していく。
また、豊かになればなるほど慢心になって精神が堕落し、
物や金に対する執着心や失う事の恐怖、警戒心や独占欲を強くする。

イエスもこう言ってる
「あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、
らくだが針の穴を通る方がもっとやさしい」
(マタイによる福音書)

「地獄道」
本来、地獄の世界がないのだがここからひふみ神示を読んでみよう。

「地獄説く宗教は亡びるぞ。
地獄と思うもの、地獄つくって地獄に住むぞ。
地獄はげしくなるぞ」

「地獄はないのであるが、地獄的現れは生前にも生後にもまた死後にもあり得る。
しかし、それは第三者からそのようにみえるのであって、真実の地獄ではない。
大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、
すべてのものが成長しているためである」

「この世の人民の悪は幽界にうつり、幽界の悪がこの世にうつる」

「早うさっぱり心入れ換えて下されよ。
 神の子でないと神の国には住めんことになるぞ。
 幽界へ逃げて行かなならんぞ。二度と帰れんぞ。
 幽界行きとならぬ様、根本から心入れ換えて呉れよ。
 一度にどっと大変が起こるぞ」

「今の人民九分九厘は幽界とのつながりをもつ」

「幽界は本来は無いものであるが、
 人民の地獄的想念が生み出したものであるぞ」

「幽界は人間の心の影が生み出したものと申してあろうがな」

「迷信であってもそれを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、
 有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから気付けておくぞ。
 無きものを生み出しそれが地上に反影してくるのであるから心して下されよ」


つまり、幽界は人民の精神が良くなれば消滅するのだ。

「己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、
 あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」

「此処は先ず世界の人民の精神よくするところであるから、
 改心せねばする様にいたすぞ、
 分からんのは我かまう人、慢心しているからぞ」


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