金だよ 

愛には、財力は必要がないが、
恋愛するには、財力は必要である。
女性が好きになるのは、決まって会話の沿線上である。
当たり前だが、会話をしないと相手のことを知り合えないからである。
しかし、多くの女性が、異性として見られると、極端に消極的になる。
ここで、必要なのが他人の介入である。
人間というのは、ほとんどが利己的な動機でしか動かない。
善意で動く人間というのは、いないと思ったほうがいい。
基本的に、あなたの為というのは、自分自身の動機である場合がある。
財力がない独身はどうすればいいのか?
不特定多数の女性にアプローチするしかない。
ま、結局の所、女遊びが上手くなるしか、付き合えないということだな。

これは、英雄への道ではない。 

社会的に不安的になると、過激な主張をするようになる。
若者は悪の指導者を見出し、よく扇動される。
大衆というのは、あれこれ、避難するくせに、
外的な悪を見だそうとする。
創造行為におけるエネルギーとは、ただ、方向性の問題である。
負の側面に行くと、支配になるが、
正の側面に行くと、指導となる。
指導者、人心掌握術、帝王学、という言葉があるが、
為政者というのは、ただの善人が進める道ではない。
悪を学ぶことで、若者を導くことができる。
英雄として、生きたいなら、ただ、善のみを語ればいい、
真の王となる器のある人物のみが、悪の指導者と進むことがあるのだ。


これは、英雄への道ではない。
英雄を志すものは無用である






お見合いは 

恋人というのは、学校や社会で付き合うことだろう。
しかし、恋人が得られないのものは、お見合いしかないのだが。
しかし、収入や、社会的地位がないものが、
お見合いをしても、成功するかは、どうかも怪しい。
特に、お見合いは、相手の家庭も見られる。
お見合いは、相手同士がうまくいっても、
相手との家との関係である。
兎に角も、お見合い料金が高いのと、
昔の場合と違って、結婚という形式ではなく、
他人が仲人をする交際である。
現在の仕事の拘束労働時間が長いため、
交際期間中、フラれる可能性が大きいだろう。
社員になれば、恋人ができるからならないかと言われたが
今の日本社会で、それはないだろう。
大体は、学校の交友関係で交際していく。
同級生で付き合ったり、友達の紹介で。
恋愛感情というのは、のぼせて付き合うのが形式である。
しかし、夫婦愛とは、また違う。
好きになるという感情は、なにも、恋愛感情から始まるのではない。
だが、まあ、今の日本人の女性は、恋愛感情と打算から始まる。
天理教の中山ミキが教えを述べたが、
現在の女性で、理解できるものも少ないだろう。
まあ、兎に角も、利益型のお見合いで、失敗して、
多額の財力を使て、失意するだけなら、
初めから、あきらめといたほうが無難だろう。
ネットの出会いとか、合コンとかあるが、
上手くいくのは、遊びが上手い男性である。
結局の所、恋人を得ることができないものは、
時間の無駄である。
交際する以前の問題である、ようは。
恋愛がないものは、鬱になってくる。
余計、性格が捻じれていく。
喪男、喪女とか言葉聞くだろう。
もし、大麻が合法化していたら、吸っていたのだろうけど・・・。

九州人なら、焼酎だ 

九州人なら、焼酎だ。

九州と言えば、焼酎。
米、麦、芋等の焼酎があるが、
私は本格焼酎おすすめするね。
本格焼酎(乙)こそが、焼酎。
水を二等分で、焼酎をクィと飲む、
これこそが、九州男子の姿と、私は言いたいね。
焼酎好きは、芋をよく聞くが、
私は、麦をおすすめしたい。
焼酎が苦手というなら、
壱岐焼酎なんかどうだい?

魔物 

人間の陰の気で、発生したものが、魔物=分霊(自然霊)であるからにして、
魔物についての考察は、以下のように考えると当てはまる。
幻鬼(ファントーム)→狐
幽鬼(ゲシュペンスト)→大蛇
悪鬼(デーモン)→邪鬼
魔物は、人間の陰の気を食べるのだが、
どうやら、いろんな形の動物人間を形象していると思われる。
”ちなみに魔物は、人間のエネルギーを食べるとき、
 脳みそに舌を入れて食べる。”
四大元素界に存在し、睡眠と覚醒の境目のとき、
つまり、半覚醒(寝起き)のとき、
妖怪を見たというのは、魔物のことと思われる。
↑、筆者も半覚醒(寝起き)の時、遭遇した。
マジで、びびった。脳みそに舌を入られる経験した人物は、
精神世界でも、私一人ぐらいだろう。
シュタイナーは、この境目のことを霊界の境域と名付けているようである。

覚醒←霊界の境域→霊界

イマジネーション界とは、四大元素界のことであり、
物質世界に酷似しており、蜘蛛の巣でもある。
一般的な幻聴は、エレメント(四大元素霊)であるのだが、
ごくまれに、妖怪(魔物)を見るものがいるが、
エレメント(四大元素霊)は精神分裂病扱いであり、
魔物は、作り話とされるのが通説とされるのであろう。

さて、人間の生活には、政治的駆け引きのような嘘や、体面をとりつくろう嘘や、人をおとし入れる嘘など、偽りが満ち満ちています。こうした嘘は、物質世界よりも、霊的世界の方に大きな災いをもたらしています。嘘をついた瞬間、または嘘をつこうと思った瞬間、アストラル界では一種の爆発が起こるといいます。そして、嘘をつく人の物質体にも、嘘の作用で蓄積されるものがあります。それはもちろん物質的なものではありませんが、夜眠っている人を霊視すると、はっきり見えるとシュタイナーは言います。そしてその嘘のカスのようなものが溜まった物質体に、 先ほど述べた高次の自我が入り込むと、奇妙なことが起こるのです。高次の自我はその不純物と大変折り合いが悪いため、その作用で分裂を起こし、一部を物質体内に残してしまうのです。残ったものを分霊と呼ぶことにしますと、この分霊は、その人が死ぬ時に、物質体から解き放たれてこの世にさ迷い出します。これは幻鬼(ファントーム)というクラスの自然霊です。